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「あ」から「ん」まで。

言いたかった事、全部言う!

21歳で年収900万。でも大事なものを持ってなかった。

前に新聞屋ネタを記事にしましたが、そのまとめ?というか、あの頃の気持ちを書きます。

 

僕は見栄だけの為にアホな事をしてました!笑

 

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二十歳で新聞営業マンになりました。

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完全歩合制の新聞屋。

入ったばかりの3.4ヵ月目までは全然稼げませんでした。

何ヵ月か経つにつれて、収入アップして21歳の誕生日には「出世」というプレゼントを頂きました。

 

出世してからの平均月収は約75万でした。

平均ですので50万の月もあれば90万の月もありました。

勤務時間は9時から21時まで。

そのあと、副業?みたいな感じで飲食店のマネージメントと言いつつ金貸し屋もしてましたので、飲食店をまわったりして遅くて3時まで働いてました。

 

休みは45日に1回、疲れ過ぎて気が付いたら20時間寝てた時もありました。

それでも続けられたのは給料が良かったからです。

こうして21歳で、年間で900万稼ぐ事ができました。

 

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なんでそんなにしてまで働いたの?

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話はめっちゃ遡り、中学時代へ。

中学の頃、野球部に所属していました。

僕は学力はクソでしたが、レギュラーで活躍してたので先生たちも多目に見てくれてました。

 

高校でも野球をしたかったので、県内の強豪私立を狙っていたのですが、ケガをしてしまい私立の入学は見送られることになりました。

 

そして一番仲の良い友達は私立の強豪高校へ。

何人も推薦で私立へいき、他の友達は大学へ進学するために普通科のある違う高校に入りました。

 

さらに先生たちは

「こうなったらお前は第一志望の総合学科高校を落ちたらもう〇〇高校(県内1頭の悪い高校)を最悪考えないと高校いけないぞ」

と言われました。

 

頑張って勉強してなんとか第一志望の公立に合格。

高校でも野球をしますが1年で肩を壊し、その年に退部。

2年からは陸上部へ。

元々中学で野球部と掛け持ちで駅伝部に入っていたので5,000mの競技をやってました。

 

2年で生意気で練習をしない後輩を殴って停学になりました。

部活には復帰できたものの、僕の進路は"就職"しか選択できませんでした。

 

強豪私立に行った友達は県大会で準優勝したりと大活躍。

自分は何してるんだろうとかなりの劣等感に襲われました。

 

高校卒業後、僕は就職。

中学時代の友達はみんな大学へ。

中学時代の野球部はみんな仲がいいので卒業してから大学卒業するまで毎年盆と正月には必ず友達の家で13人集まって騒ぎまくりました。

ただ、12人が大学生で俺1人、社会人。笑

 

就活や進路の話になると全くついて行けず、シュンとなってしまうし、当時歌舞伎町で働いてたのでみんなは「どんな世界なの?」とか興味もってくれてたけど、

大学の友達は実業団野球部に入ったり、官僚になったりと歌舞伎町にいる自分なんかとは真逆の世界でさらに劣等感に襲われ殺されました。笑

 

なので、もう肩書きでは絶対勝てない。

ならば収入面では皆に勝とう!と勝手にアホなライバル意識をほんとに勝手に持ってました。笑

新聞屋になってから盆や正月帰って近況報告すると、

そんな稼いでんのー?

すげえな!!

マジ尊敬するわー!

とか言われてやっと皆と同じ土俵に立ててるなと実感できました。

 

長く書きましたが、結局は自信が無かったために何かで補おうと考えたら、

ただひたすら金を稼ぐ事でした。

 

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見栄を張り続けた結果、疲れました。笑

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中学の頃の友達もそうですが、会社の部下にも見栄を張って居酒屋やキャバクラを奢り続けました。

何十万稼いでも、給料日前には数万しか残ってませんでした。

物欲とかほしいモノがないので自分の給料は13万の家賃と後は部下への食費に消えました。

 

あの頃は部下に奢ってると自分は稼いでるんだ!とか優越感に浸れる唯一の時間でした。

たから当時大事だったのは、給料を何に使うかじゃなくて、いくら稼ぐか。でした。

 

ただ部下からの信用は全く無かったんですねぇ~笑

部下は毎回奢ってくれると思って僕に寄ってきます。

僕も優越感に浸りたかったので、部下を食事に誘います。

もしかしたら僕は部下を“買っていた”のかもしれません。

優越感に浸るための時間を食事を奢る事で彼らを買っていたと言っても否定できません。

 

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信用無しと金無し。

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一方、新聞屋では大幅に役職手当がカットされ収入は激減。

部下に奢る事も滅多にしなくなったので、部下は僕にゴマスリや、サポートをやめます。

 

金貸しも一緒にやってたメンバー3人で辞めました。

 

最後に新聞屋で今までお世話になりましたと挨拶。

最後送別会をしてくれんのかと思いきや、「どーもー」の一言で終わり。笑

 

信用を持ってないとこうなります。笑

 

今まで年間900万稼いできました。

同い年の人の年収の2、3年分は稼いでたと思います。

それをほぼ全て見栄だけのために部下たちにあげてました。笑

陰で「こんだけ奢るなら代わりに現金で小遣いくれよ」

とも裏で言われました。笑

それを聞いてマジで傷つきましたよ!(;o;)

 

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何も無くなったよ。でも最高な気分!

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年収700万を超えると幸福度数は変わらないと言います。

と言うか僕の場合、

仕上がりどころか900万稼ぐレールに乗った瞬間、【不幸行き】の列車に乗っていたんですね。気付くのが遅れました!笑

それだけ稼いで辞めた時の貯金は30万もありませんでした。

 

でもね!

もうこれから稼がなくていいんだ!

金無くてもやっていけんじゃん!

金無いけども自由になれた気がして幸せだぜ!

 

とか、自分にかかってた雲が一気に晴れました!

 

これから好きなことして自由に生きよう!

たぶん人は何かに区切りを完全につける事ができれば、次の更なるステップにいけるんだなと気付かされました。

 

だから今って最高に最高!!笑

とにかく楽しいのです!

 

長くなりました。m(__)m

ここまで読んで頂いた方の忍耐力、尊敬します。